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なぜ酉の市は「酉の日」に開かれる?
一の酉・二の酉・三の酉の意味

11月になると、東京・浅草をはじめ各地で「酉の市(とりのいち)」が開かれます。
きらびやかな熊手が並び、「商売繁盛」「開運招福」を願う人でにぎわう、江戸時代から続く代表的な年中行事です。 ところで、なぜ酉の市は毎年決まった日付ではなく、「酉の日」に開かれるのでしょうか。
その鍵になるのが、暦に記されている「十二支」です。十二支と聞くと、生まれ年の「干支」を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、十二支は年だけでなく、一日一日にも割り当てられています。
今回は、酉の日の仕組みから、一の酉・二の酉・三の酉の意味、熊手との関係まで、暦の視点から見ていきます。

酉の市は、11月の「酉の日」に開かれる
酉の市は、11月の酉の日を祭日として行われる、開運招福・商売繁盛を願う祭りです。
浅草では、酉の寺・長國寺(鷲在山 長國寺)と、隣接する鷲神社で行われる酉の市がよく知られ、ほかにも各地の鷲神社・大鳥神社などで開かれています。
2026年は、11月7日(土)が「一の酉」、11月19日(木)が「二の酉」です。この年は11月中に酉の日が2回のため、「三の酉」はありません。
酉の市の始まりには、いくつかの由来が伝わる
酉の市の由来を調べると、足立区花畑の大鷲神社、浅草の長國寺、鷲神社など、いくつかの寺社の名前が出てきます。
これは、それぞれの寺社に酉の市にまつわる由緒や伝承が残されているためです。 浅草酉の市の公式サイトでは、江戸近郊の花又村(現在の東京都足立区花畑)で行われた鷲大明神への収穫祭を、酉の市の始まりとして紹介しています。
一方、浅草の鷲神社には、日本武尊が戦勝のお礼参りをした日が11月の酉の日であったことから、その日を例祭日としたという社伝があります。
酉の市の「始まり」をひとつに決めるのではなく、各地に受け継がれてきた由緒を知ることで、この行事が長い時間をかけて広がってきたことが見えてきます。
浅草の長國寺と鷲神社は、なぜ隣り合っている?
浅草の酉の市を知るうえで興味深いのが、寺である長國寺と、神社である鷲神社が隣り合っていることです。
長國寺は1630年、大本山・長國山鷲山寺(じゅせんじ)第13世の日乾上人によって開山されました。開山当時から11月の酉の日には、鷲山寺の鎮守である鷲妙見大菩薩(鷲大明神)の出開帳が行われ、多くの参詣者が集まり、門前に市が立つようになったと長國寺では伝えています。 江戸時代は、仏教と神道の信仰が今ほど明確に分けられていない「神仏習合」の時代でした。
その後、明治初年の神仏分離令によって境内は寺と神社に分けられ、長國寺と鷲神社という現在の形になりました。また、長國寺は明治以降、山号を「鷲在山(じゅざいさん)」としています。
現在も長國寺には鷲妙見大菩薩が安置され、11月の酉の日にご開帳が行われています。寺と神社で祀る対象は異なりますが、隣り合う二つの場所が、浅草の酉の市の歴史を今に伝えているのです。
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そもそも「酉の日」とは何か
十二支というと、「子年・丑年・寅年……」のように年を表すものを思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、十二支は古くは、年だけでなく、月・日・時刻・方角などにも用いられてきました。
日に当てはめる場合は、
子 → 丑 → 寅 → 卯 → 辰 → 巳 → 午 → 未 → 申 → 酉 → 戌 → 亥
と順番に巡り、12日で一巡します。つまり「酉の日」は12日ごとにやってきます。
酉の市が毎年同じ日付にならないのは、この十二支の巡りに合わせて開催されるからです。
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一の酉・二の酉・三の酉はどう決まる?
11月に最初に巡ってくる酉の日を「一の酉」、その12日後を「二の酉」、さらに12日後が11月中であれば「三の酉」と呼びます。
酉の日は12日ごとなので、11月の酉の日は年によって2回のときと3回のときがあります。
2026年は二の酉まで。次の酉の日は12月1日になるため、11月中に「三の酉」はありません。

「三の酉まである年は火事が多い」は本当?
「三の酉まである年は火事が多い」という言い伝えがあります。ただし、三の酉と火事の多さに科学的・統計的な因果関係が示されているわけではないようです。
鷲神社では、その由縁は明確ではないとしたうえで、乾燥する季節に火の用心を促すためだったという説や、酉の市に乗じて遊びに出かける人を戒めるために広まったという説などを紹介しています。
昔の暮らしの中で生まれた俗説・言い伝えのひとつとして受け取るのがよいでしょう。
なぜ酉の市では「熊手」を求めるのか
酉の市を象徴するものといえば、たくさんの縁起物を飾った華やかな熊手です。
熊手はもともと、落ち葉などを「かき込む」ための道具です。そこから、「福をかき込む」「運をかき集める」といった縁起につながり、商売繁盛や開運招福を願う縁起物として発展してきたと伝えられています。
浅草酉の市の公式サイトでは、花又村の収穫祭で農具として売られていた熊手が、江戸市中からの参拝者が増えるにつれて、洒落の利いた縁起熊手へ変化していったと紹介されています。
トーダンにもあった「熊手」うちわ

トーダンでも以前、縁起物ブランド「東団や」の商品として、熊手をモチーフにした「熊手うちわ」を企画・販売していました。
熊手に飾られる招き猫やだるまなどの縁起物を、うちわの丸い面いっぱいに描いた商品で、「福を招く縁起物」と「日本の生活文化であるうちわ」を組み合わせた、東団やらしい商品でした。
現在、この熊手うちわは製造・販売を終了していますが、トーダンでは企業・団体向けの名入れうちわやオリジナルうちわ、OEMのご相談を承っています。受け継がれてきた日本のモチーフを、現代の販促品やオリジナル商品へ生かすことも、うちわづくりのひとつの楽しさです。オリジナルの熊手うちわ制作はいかがでしょうか?
※「熊手うちわ」は販売終了商品です。

カレンダーの「酉の日」が、季節の行事を知らせてくれる
酉の日は、十二支が「年」だけでなく「日」にも使われてきたことを、今に伝える暦日です。 そして、十二支による日取りは、酉の日だけのものではありません。
たとえば「戌の日」には、多産でお産が軽い犬にあやかり、妊娠5か月目の戌の日を目安に安産祈願や帯祝いを行う習わしが、今も受け継がれています。 カレンダーに記された小さな「酉」や「戌」の文字。その意味を知ると、単なる日付の記号ではなく、人々の願いや季節の行事につながる暦の目印として見えてきます。
暦は、日付を数えるためだけのものではありません。季節の行事や、人々が大切にしてきた願い、暮らしの文化を次の世代へ伝える役割も持っています。 今年カレンダーで「酉の日」を見つけたら、そこから続く酉の市の歴史や、熊手に込められた願いにも思いを巡らせてみてはいかがでしょうか。
Q&A|酉の日・酉の市について
Q.酉の日は何日ごとに巡ってきますか?
A. 十二支は12日で一巡するため、酉の日は12日ごとに巡ってきます。
Q. 一の酉・二の酉・三の酉はどう決まりますか?
A. 11月に最初にくる酉の日が一の酉、その12日後が二の酉、さらに12日後も11月中であれば三の酉です。年によって二の酉までの年と、三の酉までの年があります。
Q. 2026年の酉の市はいつですか?
A. 2026年は一の酉である11月7日(土)と、二の酉である11月19日(木)になります。
Q. 三の酉がある年は、本当に火事が多いのですか?
A. 火事が多くなるという科学的な根拠が確認されているわけではありません。乾燥する時期の火の用心を促したという説などがあり、江戸時代からの俗説として知られています。



